競演、共演、饗宴!

 2016-04-28
岩手県にも桜前線が到達しました。花巻市東和町の成島地区では、花々の競演が見られます。

東和町成島の菜の花と桜
近くの成島三熊野神社では、まもなく泣き相撲の神事が行われ、全国から多くの参加者が訪れます。運がよければ、桜の時期に重なるのですが、今年は桜のほうが先でした。(2016年4月24日撮影)
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新緑につつまれて

 2016-04-24
伊丹空港へのファイナル・アプローチでは、機窓から大阪の街が迫力のある姿を見せてくれます。

新緑の大阪城
天皇陵やお城のお堀などは、歩いて鑑賞する限り、その様子がわかりません。でも、上空からだと水辺の立体性がよくわかります。古来、鳥瞰図が愛されるゆえんでしょう。(2016年4月18日撮影)
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熊本城の石垣

 2016-04-20
熊本とその隣県が、地震の被害を受けました。被害にあわれた方に、心からお見舞い申し上げます。

熊本城と石垣(1)
熊本のシンボル、熊本城も大きな被害を受けました。宇土(うと)櫓と、奥に大天守(右)と小天守が並んでいます。加藤清正公による名城ですが、お城もさることながら・・・。(2014年6月14日撮影)

熊本城と石垣(2)
それを支える石垣が、まことに見事なのです。2枚の写真からもわかるとおり、ふつうのお城よりも石垣に高さがあります。それでいて、周囲の緑にうまくマッチしています。(2014年6月14日撮影)

熊本城と石垣(3)
石の色がさまざまです。年代によって、増し積みされたようですね。武者返しといって、上部へ行くほどだんだん傾斜がきつくなって、それが独特の曲線美を見せています。(2014年6月14日撮影)

熊本城と石垣(4)
2年前に訪れたのですが、いつまでも見飽きない石垣でした、。設計図などなかった時代に、石の自然な形を考え、上手に組んだ当時の名工の技術に思いを馳せました。(2014年6月14日撮影)

熊本城と石垣(5)
その石垣が各所で崩壊してしまいました。熊本城は、ジョギングや犬の散歩で市民の憩いの場。熊本とその隣県が平常に戻れるよう、早期の復興を祈りたいと思います。(2014年6月14日撮影)
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奇岩と新緑

 2016-04-18
兵庫県は六甲山系の西に、奇岩のつらなる領域があります。西宮市北部の秘境、蓬莱峡です。

蓬莱峡の新緑
花崗岩の風化した山肌に夕日があたり、前景の新緑もみずみずしく輝いていました。山桜が咲いていれば完璧ですが、小さなピンクのつつじがアクセントになってくれました。(2016年4月12日撮影)
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5年後の被災地沿岸(36)(最終回)

 2016-04-15
沿岸レポートの最終回です。種市海浜公園で、寒い海でも楽しそうに遊ぶ子供の姿がありました。

洋野町 種市海浜公園
大震災が被災沿岸各地に巨大防潮堤を誕生させ、海を人から遠い存在にしてしまいました。でも、若い世代がこうして海に親しむ文化は、いつまでも残ってほしいと思います。(2016年3月31日撮影)
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5年後の被災地沿岸(35)

 2016-04-14
ところで、洋野町の種市漁港の一角にも、新しい建物が建っていました。ひろの水産会館です。

洋野町 ひろの水産会館
1階に魚介の販売コーナーがありました。小袖漁港ほど有名ではありませんが、三陸復興国立公園で編入された種差海岸も近いので、今後、観光客が増えると良いですね。(2016年3月31日撮影)
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5年後の被災地沿岸(34)

 2016-04-13
久慈市から北上し、いよいよ岩手県三陸沿岸の最北部に到達しました。洋野(ひろの)町です。

洋野町 八木地区の防潮堤
八木地区でも大きな防潮堤が工事中でした。沿岸各地でいろいろ防潮堤を見てきましたが、やはり海が見える街のほうがいいです。画面左の海も、もうすぐ見えなくなります。(2016年3月31日撮影)
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5年後の被災地沿岸(33)

 2016-04-12
小袖漁港で、大きなタコを釜ゆでしている漁師さんがいました。ご自分の舟で採ってきたものです。

久慈市 小袖漁港のタコ茹で風景
震災の時、いち早く舟を沖に出して難を逃れたそうです。味見に食べさせてもらい、あまりに美味しいので、ツブ貝と合わせて買って帰りました。三陸の漁業復活に乾杯です!(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(32)

 2016-04-11
小袖漁港の奥まったところに、以前にはなかった立派な建物が目につきました。観光施設です。

久慈市 小袖漁港の観光施設
1階は土産物の販売。2階は震災の記録展示スペース。3階と屋上は展望台になっています。バリア・フリーの階段もあり、地震・津波などの際の避難場所も兼ねています。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(31)

 2016-04-10
野田村から北上すると、久慈市に入ります。一時、大ブームになった『あまちゃん』のロケ地です。

久慈市 小袖漁港のじぇじぇじぇ記念碑
そのドラマの舞台となった小袖漁港を訪ねました。すると、思わず「じぇじぇじぇ・・・」と叫んでしまいました。なんと、漁港の一角に、発祥の地の記念碑が建っていたのです。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(30)

 2016-04-09
ところで、沿岸各地のかさ上げ造成地では、春に困ったことが起こっています。ここ野田村でも・・・。

野田村 十府ヶ浦の造成地の土煙
強風が吹くと、積み上げられた土がカラカラに乾燥し、まき上げられるのです。この日、花粉症対策でたまたまマスクを着用していましたが、ほこりが目に入ってしまいました。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(29)

 2016-04-08
野田村のほこる長大な砂浜、それは十府ヶ浦海岸です。しかし、近年、護岸工事が施されました。

野田村 十府ヶ浦の防潮堤
そこへ津波が襲い、とても大きな被害を出したことから、前にもまして高い防潮堤が造られています。堤防には窓もなく、どんどん町から海が遠い存在になってしまいました。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(28)

 2016-04-07
普代村から北上すると、野田村に入ります。岩手屈指の清流、安家(あっか)川の河口には・・・。

野田村 安家川河口のさけます孵化場
さけ・ますの孵化場がありましたが、津波で壊滅的被害を受けました。しかし、漁協組合員の努力で比較的早期に再建され、稚魚の放流事業も軌道に乗っているようです。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(27)

 2016-04-06
奥に見えるのが、普代村を津波から守った巨大水門です。向こう側が普代の町と集落で・・・。

普代村 普代水門前の造成地
手前の空き地が海側です。地震直後、このあたりは流木やガレキが埋め尽くしていましたが、すっかり整備されて、最近まで造成されていたようで、タイヤ痕が残っています。(2016年3月22日撮影)
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5年後の被災地沿岸(26)

 2016-04-05
その大田名部漁港では、漁船が所せましと並んでいます。そして、係留された漁船の間では・・・。

普代村 大田名部漁港
漁師さんたちが釣りを楽しんでいました。復興の途上とはいえ、震災前にふつうにあった風景が、今こうして見られるようになったのです。日常が戻りつつあると感じました。(2016年3月15日撮影)
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5年後の被災地沿岸(25)

 2016-04-04
さて、田野畑村から北上すると、普代村があります。高い防潮堤が津波から町を守った場所です。

普代村 大田名部防潮堤
大田名部(おおたなぶ)地区の堤防に上がってみました。左の海側は津波が押し寄せましたが、すでにほぼ完全復興の様子。見えない右側の宅地は津波の際、無事でした。(2016年3月15日撮影)
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5年後の被災地沿岸(24)

 2016-04-03
さて、田野畑村の復興を支えるもう一つの側面が、マリン・ツーリズム、つまりは海洋観光です。

田野畑村 机浜番屋群
北山崎のサッパ船めぐりは有名ですが、机浜(つくえはま)地区にあった漁師の番屋群が、津波で流されたあと、早くも再建されました。赤や青のカラフルな屋根が映えます。(2016年3月15日撮影)
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5年後の被災地沿岸(23)

 2016-04-02
いっぽう、被災した島越地区ではかさ上げが進んでおりました。リアス地形の後背の山際に・・・。

田野畑村 本家旅館周辺
本家旅館とその近隣の集落があって、この高さはぎりぎり津波を免れましたが、それより下の住宅は流されました。その部分を、旅館とほぼ同じ高さまでかさ上げするのです。(2016年3月15日撮影)
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5年後の被災地沿岸(22)

 2016-04-01
岩泉町から北上すると、田野畑村に入ります。隆起海岸の海岸段丘上に、復興団地がありました。

田野畑村 黎明台団地
黎明台団地です。被災した島越(しまのこし)地区から200メートルの高さに、住宅建設にふさわしい平坦な場所があったので、比較的早い時期の団地建設と完成でした。(2016年3月15日撮影)
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