震災2年後のいま―宮古市田老地区(その1)

 2013-04-02
宮古市を北上すると田老地区があります。「万里の長城」と称される巨大防潮堤のある町です。

田老の国道の津波標識(1)
北の田老(たろう)、南の綾里(りょうり)といって、岩手・三陸沿岸のこの2つの地名は、昔から地理の教科書に登場し、いずれも津波被害が大きい場所として知られていました。(2013年3月19日撮影)

田老の国道の津波標識(2)
今回の津波の後、浸水区間を詳しく示した標識が設置されました。昔は tidal wave と呼んでいた津波の英語名を、今や世界共通語となった tsunami と改めています。(2013年3月19日撮影)

田老の防潮堤(内側)
防潮堤の左側が海、右側が町です。津波はこんな立派な防潮堤を簡単に乗り越えました。一説によると、防潮堤を過信して逃げなかった町民も多いといわれています。(2013年3月19日撮影)

壊れた田老の防潮堤
撤去されず残骸が残る防潮堤の周囲で、港湾工事が始まっていました。肝心の街づくりは進んでおらず、少し離れた旧宿泊施設のある高台に、仮設住宅があるのみです。(2013年3月19日撮影)

田老の工事表示
今行われている工事も、結局は「復旧」なのです。インフラの「復旧」から町の「復興」へは、途方もなく時間がかかることです。施策の発想を変えるしかないと思えてきます。(2013年3月19日撮影)
スポンサーサイト
カテゴリ :震災関連記事 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫