震災2年後のいま―普代村

 2013-04-08
田野畑村からさらに北上すると、もう一つ、普代村(ふだいむら)という小さな村があります。

普代の防潮水門
普代にも立派な防潮水門がありましたが、ここでは水門が役立って、少し内陸にあった市街地の浸水は免れました。この水門の外では、大木がこのようにへし折られました。(2013年3月20日撮影)

防潮水門内側の松林
水門の内側にまで波は入り、松林もこのように傷だらけです。しかし、倒れるには至らず、見た限り、水門のおかげで比較的津波のパワーがそがれたような印象を受けます。(2013年3月20日撮影)

大田名部漁港の集荷場
普代村の大田名部(おおたなぶ)漁港の集荷場には、活気が戻っているようでした。頻繁にトラックが出入りして作業が行われていましたが、働く人たちのエネルギー源は・・・。(2013年3月20日撮影)

大田名部漁港の食堂
食堂です。仮設小屋としての営業です。作業で冷えた体を温めてくれる磯ラーメン。今回は賞味できませんでしたが、次回ぜひ立ち寄って味わってみたいと思います。(2013年3月20日撮影)

大田名部漁港のにぎわい
小さな大田名部漁港に、これだけの漁船がひしめき合っています。漁師さんたちの威勢のよい言葉があちこち飛び交っています。音がある風景って、やっぱりいいですね。(2013年3月20日撮影)
スポンサーサイト
カテゴリ :震災関連記事 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫