震災2年後のいま―野田村

 2013-04-09
普代村を北上すると、野田村があります。岩手内陸に塩を運ぶ「塩の道」の起点として有名です。

十府ケ浦海岸
野田村の自慢は、十府ケ浦(とふがうら)海岸。三陸では珍しい、全長3キロ余り続く長大な砂浜です。震災から2年経って、少しずつですが、浜が美しくなってきました。(2013年3月25日撮影)

震災4か月後の十府ケ浦海岸
これは、震災約4か月後の十府ケ浦海岸です。砂浜にテトラが散乱したままで、初夏にはハマエンドウやハマナスが咲き乱れるはずの海岸が、このように無残な状況でした。(2011年7月30日撮影)

十府ケ浦食堂の看板
仮設食堂の看板です。海岸にあった十府ケ浦食堂も津波で流失し、内陸部に移転を余儀なくされました。三陸北部沿岸の中で、野田村はもっとも被害の大きいところでした。(2013年3月25日撮影)

野田村の復旧工事
十府ケ浦海岸に延びる堤防は、大部分が津波で壊れましたが、現在は復旧作業が行われています。手前にある鉄路は、震災後いち早く開通した三陸鉄道北リアス線です。(2013年3月25日撮影)

野田村のテトラ製造現場
テトラは現地で製造しています。赤い型にセメントを流し込んで固める作業は、今回の沿岸取材中、あちこちで見かけました。表示によると、1基25トンの重さだそうです。(2013年3月25日撮影)

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