震災2年後のいま―陸前高田(その2)

 2013-03-13
それにしても、他の沿岸各地に比して、陸前高田の浸水被害は、桁はずれに甚大です。

陸前高田の被災ビル(拡大)
被災したビルには、こんな看板が!この町で暮らしたいけれど、それはもう無理なのだろうか・・・。気概や希望ではなく、追憶と諦観の背後に悔しさがにじみ出ています。(2013年3月10日撮影)

陸前高田の被災ビル(全容)
そのビルとは・・・。市内に4階建て以上のビルが少ないなか、たとえこのビルの屋上まで逃げたとしても助からなかったのです。なんと非情な津波でしょうか。(2013年3月10日撮影)

陸前高田空撮(全容)
陸前高田の位置する広田湾は、他の湾と異なり、幅が広く奥行きがあり、津波のもたらす海水総量が莫大です。加えて、湾口が震源域の南東に向いた地形が影響しました。(2006年4月22日撮影)

陸前高田空撮(拡大)
画面下部の気仙川河口から海岸上方へ広がる緑のベルトが、ありし日の高田松原です。川の上流、鮮やかな緑色の田園地帯をはるかに超える地点まで津波は到達しました。(2006年4月22日撮影)

流失したJR大船渡線橋梁
津波到達末端が、気仙川と矢作川との合流地点です。さしかかるJR大船渡線の橋梁も流失。皮肉にも川が流路となって、津波は河口から5キロ上流まで襲来したのです。(2013年3月10日撮影)
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