震災2年後のいま―釜石市内(その2)

 2013-03-20
釜石市の南部にある唐丹(とうに)地区に、震災の記憶を風化させまいと石碑が建っています。

唐丹の平成大津波記念碑
中央の本碑の左右には被災した小中学生のメッセージが。「(津波から)100回逃げて、100回来なくても、必ず101回目も逃げて!」など重い言葉が紹介されています。(2012年8月29日撮影)

唐丹の3世代津波記念碑
碑の横に過去の津波記念碑も並んでいました。右は明治大津波の碑、最も大きい左ものは昭和大津波の碑、そして左奥の黒色は今回の平成の碑と、3世代の碑です。(2012年8月29日撮影)

釜石にできた魚民
ただ、いくら碑が警告しても、やはり毎日の生活は重要ですから、被災地域に建物は必要です。釜石市内では、営業店舗の建造は増えました。大手の「魚民」も出来ていました。(2013年3月5日撮影)

釜石のバスうどん外観
やはり「食」は重要です。このような建物を造らない営業形態もあります。名づけて、バスうどん!使わなくなった観光バスを震災跡地に置いて、内部を改造しての営業です。(2013年3月5日撮影)

釜石のバスうどん
昔から釜石にバスラーメンというのはありましたが・・・。バスに「乗車」してカレーうどんをすすりつつ、窓から釜石市内を眺め、これからの復興への道筋を考えたのでした。(2013年3月5日撮影)
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